学校教育の在り方が問われています。受験による「競争」があるから子どもは学ぶと、受験商売に手を染めたマスコミ系教育家たちは子どもを愚弄します。
大阪市ではアメリカの失政に倣った学校教育改革。学級崩壊など学校の問題は教師の力量や子どものしつけが原因として、教師や子どもがそれぞれ評価し合う関係をつくり、より良い評価のために競争させる。受験やOECD調査などの結果を「悪い」とし、その原因を分析、研究せずに、とにかく「良い」結果を出すために競わせる。
このような教育の世界で、子どもたちは楽しく生き生きと、主体的に「学ぶ」でしょうか?
乳幼児期の子どもは「学ぶ」ことに意欲的かつ主体的であり、それをとても生き生きと楽しみます。乳幼児期は「遊び」だという人がいますが、小学校以降の学校教育が「学び」のすべてと勘違いし、乳幼児期の学びを理解していません。「学び」は興味や意欲を土台に生涯ずっと続くものであり、生涯学ぶことで人間は発展してきました。学校教育はその基礎や過程であり、決して受験や良い評価のためにおこなうものではありません。
乳幼児期は小学校以降の教育の基礎たる身体・情緒・認知・態度など能力を、興味や意欲を満たす「遊び」や「生活」をとおして身につけるとても重要な時期です。具体的には、
人を信頼し、他者との関係を築く。
感性を磨き育む。
他者の心に共感し自分の事として考える。
自分の考えや人の考えに触れ理解しようとする。
様々なモノ・コトに触れて興味や関心を持ち、不思議に思ったりなぜだろうと問いを立てたりして自分なりに解決しようとする。
困難に立ち向かい挑戦的に生きようとする。
自己決定し忍耐強くやり遂げようとする。
他者と協力しながら物事を成し遂げようとする。
様ざまな矛盾や不条理に気づき解決しようと挑戦する中で学ぶ。
等々、子どもは「生活」や「遊び」の中で体験的に学ぶのです。
この過程で、子どもはできなかったことができるようになって意欲が増し、さらに試み、挑戦する中で文字や数字、道具などの知識や文化などに出会い、それらを使って試みや探求を続けて、さらにできるようになるという「学びの本質的な楽しさや面白さ」を体験的に理解していきます。だからこそ、さらに学びたいと意欲が生まれ、知識や能力を身につけようと小学校以降の教育や学習に主体的かつ意欲的に取り組むようになるのです。
生活が、遊びが学び。営みの中に生き生きと伸びやかに、豊かな体験をとおして子どもたちが意欲的に育ち、学ぶ場と機会を大切にしていきたいと思います。
